東京のマンホール探索

まちを歩いていると、さまざまなマンホールに出合う。このマンホール、全国各地、各自治体で、さまざまなデザインの蓋を製作し、なかにはカラーのマンホールまで誕生している。

ということで、マンホール探訪の遊歩は楽しい! のだが、「いいね!」だけに留まらないのがマンホールだ。

マンホールは耐久性があるため、一度設置すると、長い年月、設置し直すことがない。そのため、まちの痕跡を残すのがマンホールの副次的な意味となり、それがわれわれにとって大きな意味となる。というのは、史料、あるいは資料を当たらなくとも、実際に歩き、歴史を留めるマンホールを確認するだけで、その領域の歴史を実証的に証明できるからである。

本郷西片、阿部家を示すマンホール

老中・阿部家の「阿」が刻印されているマンホール
老中・阿部家の「阿」が刻印されているマンホール

老中の家柄であった旧福山藩主の阿部正桓が明治維新以降、宅地開発したのが、本郷西片町。これは明治以降初の大規模宅地開発で、江戸時代の武家地のように町内には商店をつくらせなかった。これは、現在でも基本的に引き継がれており、その分、日常生活を送る暮らしに不便さを感じるが、これが、高級住宅街をいまだに続けている要因のひとつにもなっている。

この阿部さまの記憶を今に留めるのが、マンホールの蓋である。